かりんとうblog

カテゴリ:朝鮮通信使と耳塚project( 15 )

耳塚プロジェクト「役者たちの耳塚」


Illustratorで作った文書をjpgに落としてみました。

重いっす。。。
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by gongduck | 2005-06-01 16:10 | 朝鮮通信使と耳塚project

御香宮 その2

耳塚週間12

豊国神社における耳塚と同じ位置です。
本殿に向かう参道の右側にひっそりとお社が建っています。

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背後の地上2メートルほどで折れた杉の木に
しめ縄が巻かれた

大杉大明神でした。


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そして、お社を廻る玉垣には


我らが
勇山事 小畑岩次郎の名が。
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裏面には
大正五年十月吉日建之
              
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玉垣内側の小型の手水鉢にも
名前が刻まれていました。

伏見 勇山事
   小畑岩次郎


実は小畑岩次郎氏、翌年の大正六年に亡くなっており、
耳塚烏寺、この大杉大明神ともに晩年の寄進になる。

さて耳塚週間の小紀行も次回、岩次郎の菩提寺である栄春寺を尋ねて終わる。
あとはどうまとめるかやな。
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by gongduck | 2005-05-22 17:03 | 朝鮮通信使と耳塚project

御香宮 その1

耳塚週間11

伏見の御香宮神社
祭神は、神功皇后・仲哀天皇・応神天皇
安産祈願の神社だそうです

秀吉が伏見城築城の際、城内に鬼門の守りとして勧進した由来も持つ

境内本殿脇に御香の水が湧く
伏見の七名水の一つ
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鳥せいで飲んで、酔い覚ましにここで水を飲んで帰った記憶が数度ある


竹森章著『京都・滋賀の相撲 ‐まつりと力士の墓‐』によると
岩次郎奉納の絵馬があるということで寄ってみました
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しかし絵馬堂に掛かかった読み取れるに絵馬の中に
岩次郎関連の文字は見つけられませんでした
(帰って調べなおすと、相撲番付が岩次郎勧進の相撲であるとのこと)


1回1回の調査すべてに成果があるはずもないんですが、
何かしらの成果があるとないとでは、疲れ方も違うもんです
この日はわざわざいい構図を探して写真撮る気力も失くしかけていました


しかし、ぐだぐだ境内を抜けようとしたその時、、、              御香宮その2
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by gongduck | 2005-05-22 16:24 | 朝鮮通信使と耳塚project

恋塚 その2

耳塚週間10
小畑岩次郎寄進の重修恋塚碑を求めて、一路下鳥羽へ。
本命の恋塚寺です。

しかし桂川の自然堤防沿いを尋ね回ってやっと見つけた?恋塚寺は改修中で跡形もない。
お目当ての岩次郎の恋塚碑は倒して寝せてあってよく見えん。

でも、何だか嬉しい出会いもありました。
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昭和五十七年一月再建之として
施主の一人に小畑宗三郎さんの名が。

ご子孫の方とお見受けしました。
この小畑家の名はまた目にすることになる。
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by gongduck | 2005-05-21 21:36 | 朝鮮通信使と耳塚project

恋塚 その1

耳塚週間9

恋塚禅浄寺【こいづかぜんじょうじ】
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通称恋塚というのは上鳥羽と下鳥羽に二箇所ある。
ここではどちらが云々という話ではなく、
勇山岩次郎寄進の恋塚碑があるのは下鳥羽の恋塚寺の方。
禅浄寺は違うんですが、通り道ということで寄ってみた。
鳥羽街道沿いにある。
一号線の脇だけど、一応バス通りでもある。

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岩次郎とは関係ないが、つい玉垣が気になってしまう。

kyah0606さんの通称寺巡拝の栞。にトラックバック
                            恋塚その2
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by gongduck | 2005-05-16 20:04 | 朝鮮通信使と耳塚project

烏寺 その2

耳塚週間8 
しゃれた石碑でございました。

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2羽の烏が枝にとまり、その下に「


寄附者
伏見
勇山事
  小畑岩次郎




左側面に
大正四年七月吉日建之


耳塚の玉垣が、大正四年五月とあるので
この時期の近さはこれから考えないといけない。
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by gongduck | 2005-05-11 20:31 | 朝鮮通信使と耳塚project

烏寺 その1

耳塚週間7 b0054886_19594877.jpg
熊谷山専定寺【くまがいさんせんじょうじ】

竹森章著『京都・滋賀の相撲 ‐まつりと力士の墓‐』にも
勇山岩次郎の寄進先として記述のある烏寺

豊国神社参道を挟んで耳塚の向かいに位置する。
かつては烏寺の由来を伝える烏が松の枝に留まっていたが、
老木であったうえに台風に遭い、烏の焼き物も落ちて脚から折れてしまったと
大仏七不思議などの話を伺いながら、烏の脚も見せていただきました。


とってもいい仏さまがいらっしゃるようだったけど、今回は岩次郎寄進の石碑だけ。


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上の写真はその烏ではありませぬが。         烏寺その2
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by gongduck | 2005-05-11 20:13 | 朝鮮通信使と耳塚project

千本えんま堂 その2

耳塚週間6   7日にえんま堂リベンジ

早速庵主さまに伺ったところ、先代の庵主さまからは特に耳にしたことはなく、
相撲取りならばこれではないかと案内していただきました。

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無縁仏のまとめられた中に、たしかに相撲取りらしき名の刻まれた力石が

表面
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若濱事
 入江幸治郎   


裏面b0054886_15411942.jpg









明治三十八年 十一月十(以下不明)
   岡山県備中国高橋
     難波浦娘
 
       ■■女子内


どうも勇山岩次郎とは関係ない模様
古写真見ても以前の千本通りはずっと狭く、えんま堂も随分と規模を縮小している
檀家さんの墓地という意識がなかった

しかし『京都・滋賀の相撲』は1996年刊行なんだけどな。。。

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by gongduck | 2005-05-11 15:48 | 朝鮮通信使と耳塚project

千本えんま堂 その1

耳塚週間5  

流鏑馬見学後、千本えんま堂へ
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引接寺 【いんじょうじ】

竹森章 1996 『京都・滋賀の相撲 ‐まつりと力士の墓‐』 修明社
によると耳塚の玉垣を寄進した小畑岩次郎は、他に恋塚、烏寺、千本えんま堂に
玉垣や献灯を寄進し、今も勇山の名を見ることができると言う。

4日にお邪魔したら、京都三大念仏狂言の一つ(三大なんとか多いな。。。)
「千本閻魔堂大念仏狂言」の真っ最中だった。
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悪太郎をやってます。

一通り付近を捜したけど、それらしい石柱、灯篭は見つからず、
一応聞いてみたんだけど狂言の期間は庵主さまも忙しくしておられるということで、
後日伺い直すことに。

この日は千本釈迦堂、北野天満宮と眺めて、とようけ茶屋で豆腐買って帰りました。
                                               千本えんま堂その2

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by gongduck | 2005-05-11 15:35 | 朝鮮通信使と耳塚project

方広寺 

耳塚週間4 
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   国家安康の銘鐘




   「国家安康」
   「君臣豊楽」

  この2句って結構離れてました


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by gongduck | 2005-05-09 18:30 | 朝鮮通信使と耳塚project