かりんとうblog

女性天皇問題と雅子妃のこと

韓国の調査地でいつも泊まるホテルのオーナー(女性)と結婚の話になった。
30歳を越える娘さん(カナダ在住)を持つオーナーはやっぱり娘さんの結婚を気にしてた。
別に国籍は問わないらしく、いい人紹介してちょうだいなというお話。
そういった流れの中で、そう言えば日本の公主がこの前結婚したねって話になった。

その公主は世界の公主の中でも一番、얼굴이 못생긴 人らしいけど、
よく見るととってもいい顔をされてるね。というお話。
チュインニム。とっても辛口っす。









書いておいてそのままだった本題。

先日、伝統という言葉で考えてはみたものの、正直、歴史的存在でない天皇問題、皇室問題を語ることには及び腰になる。どこか自由に物を言いにくいというか、粘ついた不自由さがある。
清子内親王の結婚式騒ぎで久しぶりに雅子妃をテレビで見かけた。特に意図されていたわけはないが、清子内親王の着物姿に合わせた皇族女性の中で、一人洋装する雅子妃のことが触れられた。もちろん悪意など存在しないのだけど、そこにはどこか存在の浮いた雅子妃の姿があった。そんな雅子妃に気付いたとき、昨今の皇位継承をめぐる世間の議論の中の雅子妃の立場に初めて思い至った。
誰も言わないけれど、大部分の人が意識さえしていないだろうけれど、雅子妃はまさに女性天皇をめぐる議論の渦中に立たされているのかもしれない。繰り返すが、誰も雅子妃のことを議論に結び付けたりはしない。しかし誰も何も言わない無言の、無意識の、しかし凄まじい圧力に彼女はさらされていないか。
女性天皇を認める論議、そしてそれを否定する論議。あって然るべき議論だと思う。しかしこの二種の論議は、雅子妃が男子を産めば、産んでいればまず生じなかった議論だろう。そこを思うと、一見拙早に過ぎ、まず結論ありきにようにも見える小泉さんの有識者会議の意図が見えてくる。ような気がする。

去年の今頃か、皇太子の雅子妃に対する人格否定発言があった。多分はっきりと原因を追究した報道はなされなかったと思うのだが、むしろ皇太子発言とそれに対する天皇皇后、秋篠宮の反応の方に話はずれて、落し所としては、雅子妃が元外交官であることに関連させて(それがどう関連するのかさっぱり分からないのだが…)、肝心の人格否定とは何なのかはうやむやにされた記憶というか、おぼろげな印象が残っている。
きっと当時の時点でピンと来ていた人はたくさんいるのだろう。男だからか、私などは昨今の女性天皇論議の雅子妃の立場に思い至って初めて当時の雅子妃に対する人格否定が何であったのかに気付いた。
今頃気付いておいてなんだけど、女性天皇否定論者ってのはそういったことに思い至れない人なんだろうと思う。もしくは確信犯か。。。でもそれはあまりに酷い。



雅子妃に対する人格否定とは何だったのか。

皇太子の口からそれが何であったのかは明らかにされなかった。
さらに太子発言に対する(皇室内、マスコミも含めての)反応として、その人格否定とは何であるかに触れるものはなく、皇太子がそういった発言を行ったことに対する是非に関するものでしかなかった。
考えると不思議なことである。私自身なぜこの時点で人格否定という強い言葉に関心が向かなかったのか不思議でならない。それが無意識のうちに私に纏わり付いている皇室を巡る言説の不自由さなのかもしれない。いや不自由さは、人格否定が何なのかを言えない皇室とそれを問えない日本人両方に纏わり付いている。
今、雅子妃はこの両者の不自由さの狭間に(皇太子の努力にも関わらず)放置されている。女性(女系)天皇を認める有識者会議もまた皇室の「安定性」という言葉で語るも、両者の不自由さの最中で子を成す雅子妃の立場に言明することはない。
おそらく女性天皇を巡る議論の中に雅子妃を登場させたとき、皇太子の述べた人格否定は(言葉によって)初めて実体化する。しかし雅子妃の人格否定は既に存在しているにも関わらず、二重の不自由さの中でそれは無視され続ける。暗黙の現状こそが雅子妃に対する人格否定なのかもしれない。

伝統で述べたように、皇室近代化の方向性は、既に典範において非嫡系継承を否定し、大正・昭和両天皇が一夫一婦制を採用した時点で定まっていたのであり、女性・女系天皇容認とした有識者会議の結論は概ね現実的な判断であると言える。ただ有識者会議の設置時期と期間、あくまで長子優先続行(現行典範でも長子優先)という結論を考えるとき、雅子妃の人格否定発言が思い出され、何よりも雅子妃の置かれた立場への配慮が思い浮かぶ。
[PR]
by gongduck | 2005-11-17 00:54 | 韓国のこと日本のこと