かりんとうblog

何故か銀閣

蕎麦を食べたついでに百万遍の先まで足を伸ばした。

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この前、

  銀閣寺は最初、銀閣寺じゃなかったんだよ。

って話を京都テレビでやってた。
もちろん今でも銀閣は慈照寺だし、金閣は鹿苑寺。
ただ、金閣寺という別称が最初からあったのに対して、
銀閣の名が見られるのは江戸時代に入ってかららしい。


今、普通に観光案内でも、学校の歴史の授業でも、

  足利義政が祖父義満に対抗して、銀箔を貼った銀閣を作ろうとしたが、
  結局、お金が足りなくで断念した。


なんて話がまことしやかに語られる。

しかし、銀閣の名称が江戸時代に入るまで確認されないこと、
しかも京の観光案内本に銀閣の名が見え始めることを鑑みると
お金が足りなくて。。。の逸話自体が、銀閣の名と共に江戸時代に創作されたと考えるべきか。
西の金閣、東の銀閣と並べて、同じ相国寺下としての慈照寺側の巻き返しだったりして。。。


                              何か石川英輔みたいな語り口やな。。。
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by gongduck | 2005-07-22 00:05 | 京都のこと